皆が俺にS660の感想を聞く。皆は「楽しい」という反応を予想し、時には強要する。俺がネガティブに答えると、ある人はこう言う。「お前は軽自動車というステータスが許せないだけだ。世間の人は全員が良い車だと言っているのからお前が間違っているのだ」と。
本記事ではS660を否定する気も肯定する気もない。まあこう書くときは大抵が否定的な内容で、「ボロカスにこき下ろすけど個人の意見だから気にしないでね」という逃げなわけだ。
まず、S660のエクステリアから確認する。S660は非常に寸詰まりな印象を与えるが、軽自動車枠ということで一回置いておく。まず座席後ろの盛り上がりの飾りが目立つ。これによって後方視界、特に左後方視界が非常に悪い。パワーウェイトレシオが良い車ならば、踏んで前に出る事ができるが、所詮64馬力/830kgの車で、世の中にあるほとんどすべての乗用車よりもパワーウェイトレシオが悪く、踏んで前に出ることも出来ない。なぜこんなデザインが採用されたのかといえば、2011年のコンセプトカーEV-STERからほぼそのまま引き継いだものであるからだ。これは名前の通り電気自動車を想定した、中身はドンガラのモックアップである。つまりエンジンも人も何も配置を考えずに、まず外装を決めているのだ。そのため荷物を置ける場所は全くと言っていいほどない。
2011 EV-STER
これによる弊害は各所にあらわれている。重大なのは、エンジンの搭載方法だ。S660の事実上先代にあたる「ビート」は少しでも重心を低下させるために、専用のSOHCエンジンを設計して、それを前に60度傾斜して搭載している。一方で、S660は、エンジンを他のFF軽四からの流用しているため、エンジンそのものとして非常に背が高い。それに加え、S660はレイアウトに無理があるのでエンジンは完全に直立させざるを得ない。そして、そのため余計に重心が上がる。先代よりも設計が悪化しているのだから当たり前だ。メーカー広報資料でもS660の重心の上昇は確認できる。それを誤魔化すために、トレッドに対する重心の高さ比率は下がっているという詭弁を弄している。
ビート エンジンを傾けて搭載している。
重心が高いということは、不安定になるということである。ミッドシップの車はもともと発散系に陥りやすい車であるため、各社は重心を下げることに苦心しているのにも関わらずだ。そして、それを誤魔化すためにAD08Rという極端にグリップの高いタイヤをチョイスしている。それでも足りなかったのか、ストラット式リアサスペンションは非常に凝った作りで、アーム長を取った良い設計だ。それでも足りないのだろう、姿勢を安定させるための電子制御をわざわざドイツのボッシュから導入している。S660は日本国内専用車であるにも関わらずだ。ボッシュの電子制御はポルシェ911という極端なバランスでハイパワーな車にも採用されるほど優秀であるためだろう。
そして、非常に乗り込みにくい。オープンカーであるためサイドシルが分厚いのはわかるし、スポーツカーとして天井を低くしたかったのはわかる。一方で、ドアの開く角度が少ない上に、スピーカーユニットがちょうど足を入れる動線に張り出している。よっぽど気をつけなければ、100人中100人が足をぶつける。カウンタックは、足を入れにくいことに気づきシザーズドアを採用した。エリーゼは、ヒンジを専用にしてドアの開く角度を大きく取った。ヨーロッパSは、足がぶつかる部分に保護剤を貼った。スポーツカーだから乗降性など気にするなという主張もあるだろうが、少なくともスピーカーをここに張り出して取り付ける意味は全く無い。
やっと乗り込んで走り出そうとしても、屋根が低すぎる&Aピラーが低すぎるため、視界が非常に悪い。上が見えないので信号待ちのたびに海老のような姿勢での信号確認を迫られる。Aピラーは極太で右コーナーは見えない。サスペンションのセッティングは安物のダンパーにしてはまずまず良いのだが、頭上に余裕がなく、段差を踏むたびに頭がピラーにぶつかる。私は日本人男性中央値よりも座高が低いのにも関わらずだ。この車を適切なポジションで乗れる人間は、日本人男性のうちで半分もいないということになる。実際に、オフィシャルのカタログでも余裕がないことが確認できる。着座位置をあと3cm落とせばよいのだろうが、そうすると先に述べた後方視界の問題がさらに大きくなる。
S660の透視図
ハンドルがDシェイプの専用小径ハンドルとなっており下側がカットされているため、下道でハンドルを持ち替えつつ回すにもストレスが溜まる。しかもステアリングのデッドゾーンが常に変化し続けるため、車線内を直進するにも気を使う。原因はステアリングラックの固定方法である。まず、本車はブッシュ無しでステアリングラックを固定していることでダイレクト感があると主張するが、精度が悪くガタがあるため、ガタの分がすなわち遊びとなる。ブッシュであれば、ゴムによって一定の位置に収まろうとする力が働くが、ブッシュが無いために常にステアリングラックが今どこの位置にズレているのかを探りながら行くか、勇気一発エイヤッというドヘタクソ運転しかできない。さらに、ステアリングラックの固定方法にも問題がある。ステアリングラックからかなり離れた位置に2本のボルトで固定しているため、2本のボルトを結んだ仮想軸を中心に回転する方向の動きを拘束できず、ステアリングラックが暴れる。端的に言うと片持ち梁だ。そのためステアリングを固定していても路面反力によってフロントタイヤが常時ブレる。余談だが、ホンダN-ONEのステアリングラックは3本留めで先程の指摘した動きを止められるようになっている。つまり、流用元の車から新規設計して劣化させているのだ。
S660のステアリングラック ブッシュなしで中心から離れた2点留めなことが確認できる。
シフトレバーはショートで固く重く、それに合わせてクラッチも重たくなっている。ここに関しては不満はない。また、ブレーキも踏力に対して線形に立ち上がるタイプでコントローラブルだ。だが、座面の前端が直線でなく曲線を描いているため、太ももの位置がずれるとペダルとの距離がグチャグチャになる。
もっと大きな問題は、バイワイヤスロットルの制御だ。まず、自動車排出ガス規制のために、アクセルの踏む方向にはスロットルの若干の遅れ、戻す方向には大幅な遅れを持たせる制御が入る。これに加え、ターボラグを抑えるために、スロットル早開け制御も入る。バランサーなしの3気筒をほぼ背中の後ろに搭載しているために、振動を抑えるためのスロットル制御もおそらく入っている。このエンジンはもともとFF軽自動車でCVTと組み合わせるエンジンだ。リニアリティの欠片もないCVTとの組み合わせならばこの出来の悪いエンジンでもなんとかなるのだろうが、この車はミッドシップ&MTだ。アクセルのリニアリティがまるで無いので、回転数を合わせることももちろん出来ない。スロットルコントロールもクソも無いのだ。(余談だが織戸学氏の某峠バトル動画を見ると、遅閉じ制御のせいでシフトアップの際にレブリミッターまで吹け上がっている様子が確認できる。リンクは→ https://youtu.be/e8k28eZSXvw?t=286 )
ここまで各操作系が酷い車だが、コーナリングはもっと酷い。自動車工学の基礎として、MRは(前後のタイヤとサスペンションが同条件であれば)、攻めていくとリアが重たいためにリアから滑ってスピンする車になる。加えて、リアを駆動させるので、リアタイヤが使える横力はさらに小さくなる。自動車は定常円旋回で条件を厳しくするにつれアンダーステアが増していくようにセッティングするのがセオリーなため、ミッドシップ車ではリアタイヤをかなり優位にする必要がある。実際にS660ではフロント165/55R15 リア195/45R16というタイヤを採用している。このような構成であると、フロントに荷重を乗せずにただ舵角を与えても強いアンダーステアが発生するだけだ。だが、不思議なことに、アクセルを踏みながら無理な舵角を与えてもこの車は曲がる。なぜならば、先程指摘したボッシュの電子制御がリアの内側タイヤにブレーキを掛けて曲げてくれるのだ。誰が乗っても刺さることはないのだから良いではないかという意見もある。だが、そんな事を気にするなら最初からミッドシップになどしなければ良い。N-ONEでも乗っとけ。
旋回中に、スロットルを操作すると更に酷い。基本的に、LSDを効かせてリアタイヤのグリップを使い切るところまで踏まない限り、アクセル開度を増せばアンダーステアになる。後輪の荷重が大きいミッドシップかつ64馬力しか無い車で、若干アクセルを踏み足したくらいでリアタイヤがブレイクするワケがない。だが、S660はコーナリング中にアクセルを踏み足すと、リアの内輪に過度にブレーキを掛けてインに巻き込む。
電子制御自体は悪ではないが、物理法則に反した電子制御で間違いだらけのスポーツ走行を押し付けられても、そこにドライビングプレジャーは欠片もない。確かに少しだけ運転するとよく曲がると感じるかもしれない。曖昧な入力によって電子制御が誤作動しているのだと主張している人もいる。確かに、低負荷領域の挙動を確かめもしないで、強引にフロントタイヤに大スリップアングルを与えるような粗雑なドヘタクソ運転で最初から最後まで電子制御に介入させれば違和感を覆い隠せる。だが、それは間違った運転を最初から最後までやれば辻褄が合うと言う話だ。イニ○ャルDのアーケードゲームのような粗雑な運転の中に車との対話はない。この車と長く付き合って機械を理解し操縦する楽しみはない。一口目は旨味を感じるが完食する気は起きないラーメン二郎のようなものだ。
それでもこのクルマのサスペンションは健闘している。剛性の低い車体、高重心でトレッドの狭い上にリアヘビーな後輪駆動という最悪の素性であるにもかかわらず、ある程度ストロークさせつつも破綻するような動きは出さないようになっている。
そもそもS660は、中身を設計せずにスタイリングから先に決めるという工業製品にあるまじきことをした。そのせいで、乗降性は悪く実用性はなく、重心が高くなり基本運動性能も悪い。安直に流用したCVT用のエンジンのせいでバイワイヤスロットルにはリニアリティが欠片もなく、ステアリング周りの設計が悪いせいでコーナリングどころか直進性すら覚束無い。そして、不安定な悪癖を消すために導入したはずの電子制御を過度に使い、物理法則を無視した動きを練り込む。
一般道では視界が非常に悪く、高速道路ではステアリングラック周りの悪癖で直進性が悪く、高重心による恐怖のコーナリングは電子制御という化学調味料で塗り固められる。そもそも軽自動車は64馬力という縛りがあり、スポーツカーとして絶対的な速さは無い。また、モータースポーツの実績も無い。であれば、ドラビングフィールを追求した車であるべきだった。そのドライビングフィールすらドブに放り捨てている。
この車はスーパーカーモチーフだから良いのではないかという人もいるだろう。だが、そもそもとして、スーパーカーとはハッタリと大パワーエンジンの車である。カウンタックの自称最高速度300km/h + V型12気筒 + ド迫力な外装が良い例だ。だが、64馬力の3気筒エンジンと黄色いナンバープレートにはハッタリも大パワーもない。よって軽自動車のスーパーカーなどというのはコンセプトからして矛盾している。遅いくせに見た目が厳つい、まさに狼の皮をかぶった羊だ。
我々は、自転車雑誌でインプレッションは嘘だらけだと学んだはずだ。だが、何故か自動車のことになると、評論家やレーシングドライバーの意見をさも自分の言葉かのように話す人々がいる。私がこの車を出来損ないだと言うと、他人から「お前は軽四に乗っている自分が許せないだけだ」「お前こそがステータスに囚われた人間だ」「お前は自動車好きではない」「お前が下手だからそうなるのだ」といった批判を受けた。
私に向かって「困ってもそこそこの値段で売れるからとりあえず買ってから考えなよ」と言ったはずの人たちが、いざ処分しようとすると私に向かって呪詛を吐くのだ。そもそも私に「S660を買えよ」「買わせようぜ」と言っていた人たちの殆どが、S660に試乗したことすら無く、S660を実際に見せると「え?こんなに荷物が載らないの?」などと言うのだが、羞恥心はないのだろうか。
"ミッドシップ" "ライトウェイトスポーツ" "軽四スーパーカー" といった情報を記号的に消費することや、"あの有名ドライバーも絶賛"といった権威主義に囚われること、車との対話もなく強引にハイスピードでコーナーに放り込んで雑にステアリングを切り込んで "よく曲がるからコーナリングマシンだ" と主張することこそ恥ずべき行為だ。車は生き物ではなく、工業製品で機械部品の複合物である。全体の設計を見て、一個一個の部品を見て、実際に乗って、一個ずつ確かめながら車と対話していくことが不可欠なはずだ。だが、現代では、自分で評価する言葉と腕と感覚を持たずに、与えられた記号に対して脊髄反射的に反応を示すだけの動物化した自称Car Enthusiastsが多い。
だが、自動車としての出来が本当に大事だろうか。S660で、屋根を開けて、友達を乗せて、Aviciiを流しながら合法的な速度で下道を流すだけでも楽しい。思えば、ガタガタのクラリス組ロードバイクでも、きれいな自然の中で、友人とつるんで走るのは楽しかった。一人で飲む高級酒よりも親友とくだらない話で大盛りあがりをしながら飲む発泡酒のほうが美味しかった。何を使うかよりも、どうやって使うかというところが大事だと私は思うのだ。
追記1:
追記2:
ここまでこの車はいかにゴミでクズなのかということを語ってきましたが、良いところが一箇所だけ見つかりました。





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