S660チューニング 番外編2 メンヘラホンダ

 ホンダはF1に4回参戦して4回撤退しています。

 1回目は1964-68年で、当時大気汚染が問題となっていて市販車のエンジン開発に注力するという名目で撤退しています。実際には、本田宗一郎が固執した空冷エンジンのF1マシンで、ジョー・シューレッサーが死亡した事故が原因だったと思われます。


空冷F1 RA302

 この空冷F1”RA302”は、オイルクーラーや強制冷却ファンすらなく、当然エンジン温度は上昇し続け、やがて出力は低下しエンジンブローすることは明らかでした。現場のレース監督は、この宗一郎肝いりの欠陥車両を「決勝では走らせない」という形で決着させるつもりでした。ところが、実際には現地のホンダの圧力、フランス人のジョー・シューレッサーがすでにドライバー登録を済ませていました。そこで悲劇は起こります。原因は特定されていませんが、ジョー・シューレッサーはクラッシュし、マグネシウムボディが炎上して帰らぬ人となります。


 余談ではありますが、ジョー・シューレッサーの甥であるジャンルイ・シューレッサーもまたレーシングドライバーになりました。

 1988年のF1では、ジャンルイ・シューレッサーは、周回遅れ中に全勝していたマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナを弾き飛ばし、アイルトン・セナマクラーレン・ホンダは1988シーズンでの全勝を逃しました。

 2001年のダカールラリーでは、途中で総合首位だった三菱・増岡浩を、スタート順を無視してスタートして妨害を繰り返しました。このときの妨害のペナルティタイムが”FIAのミス”で増田浩に加算され、本来なら総合優勝だった増岡浩は2位となりました。(FIAは本部がフランスにあり、フランスびいき&黄色人種嫌いがこの"ミス"と関係があるのではないかと筆者は疑っております)

 ジャンルイ・シューレッサーの蛮行はまだ続きます。

 2002年のクロスカントリーラリーでは、スタックして作業中の増田浩に追突、増田のコ・ドライバーの両足を轢きました。

 ジャンルイ・シューレッサーの徹底的な日本嫌いは、このホンダ空冷F1での叔父の死に起因しているように筆者には思われるのです。もちろん、これだけやらかしていてレーシングライセンスを剥奪されないのはこの人間がフランス人で、FIAはフランスが本拠地だからです。FIAはフランス&白人びいきのカス組織です。


おっと話がそれましたね。


 第二期ホンダF1は1983-92で、1988年まで認められていた1500ccターボエンジン規定においてホンダは勝って勝って勝ちまくりました。いわゆるアイルトン・セナもこの時代ですね。その後、ホンダの連勝を嫌ったFIAがターボを禁止にしますが、自然吸気エンジンでも最後まで勝ちまくりました。一方で、このころホンダの業績が低迷したこともあり1992年で終了になります。そして、撤退時にスクーデリア・フェラーリに技術供与を行いました。低迷していたスクーデリア・フェラーリはそこから復活し始め、1999にはコンストラクターズタイトルを獲得し、2008年頃までスクーデリア・フェラーリは勝って勝って勝ちまくりました。

余談ですが、その後は無限に開発を任せ、1992-2000年まで無限名目で参戦していました。


第三期ホンダF1は2000-2008年になります。

 2005年まではエンジンの供給、2006-2008は車体込みのフルコンストラクターとして参戦しました。御存知の通り、第三期はほぼ全く勝てずに終了しました。

 最終的に、チーム代表のロス・ブラウンに1ポンドで売却されました。その後のチーム名はブラウンGPでした。2009年には、メルセデス・ベンツからエンジン供給を受け、ブラウンGPは圧勝しました。コンストラクターズタイトルとドライバーズタイトルを両方獲得します。この結果を受け、メルセデス・ベンツはこのブラウンGPを買収してフルコンストラクターとして2010年からF1に復帰し、2014-2020年の7回に渡りコンストラクターズタイトルとドライバーズタイトルの両方を獲得しました。

 第4期ホンダはご存知のとおりでしょう、2015年に参加し、成績は低迷し2021年に撤退すると発言した直後、2021年にドライバーズタイトルを獲得しました。2022年からはエンジンの供給自体は行うと言って、HRC名義になってホンダ名義でなくなった2022シーズンではかなり好成績でコンストラクターズタイトルも取れそうな勢いです。


 概して、ホンダF1は、金がなくなったらやめる、勝てなくなりそうならやめるを繰り返しています。そして、やめた後の遺産を受け継いだチームがメチャメチャ勝ちまくるというところまでセットです。あんまり参戦したり撤退したりを繰り返すのは傍から見てみっともないなぁと思うこの頃です。まあ私の手のひらはモーターでできているのですが。



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